私の内面に色々と変化が起こってる。
いつもお世話になってる人からイノシシをもらった。朝まで生きてたイノシシを午後に調理して頂いて、その翌日トイレでお通じがでたときに覚醒みたいな感覚があって。
野生という秩序立ってる生き物の細胞が私の体を駆け巡りイノシシの精神が宿ったのが解った。
というのも食べた日の夜、不思議な夢を見たから。
1人の猟奇魔から逃げ惑う人々。捕まった人は解体されてしまうから必死で逃げるその中に私もいた。
猟奇魔は特定の誰かを狙っているわけではない。たまたま捕まえる事のできた人間を襲う。
その恐怖の中で私も逃げ惑うのだけど、その夢の途中で起きてハッとした。これイノシシの記憶だって。
朝まで生きていたのだから、まだ人間に追われて逃げ惑うイノシシの記憶がイノシシの細胞に宿っていて、そのイノシシの記憶が細胞を通じて私の精神と繋がったんだと理解した。
ここでかつての私なら短絡的にもうお肉食べるの止めようという気持ちになってヴィーガン思想まっしぐらだったと思う。
でも今回そんな気持ちにならなかった。
純粋に美味しかった恵みを頂けた事と、この流れをもたらしてくれた人たちへの感謝の念しか湧かず。
そして、身体に吸収されたイノシシの肉体が私のチューブ(腸)を通して不要となった部分は外に排出され下水道に流れて〜、あー地球の構成要素として私の身体は機能している。地球の循環システムの一部なんだと感じた。
何でだろうと考えてみたんだけど野生の生き物を頂いたからなのかもしれないと思った。
野生の生き物は純粋な生き物だから、生き方に心が歪むような事がない。秩序立っているから、同じく秩序立ってる宇宙の愛を肌で感じられたのかもしれない。
ヴィーガンよろしくお肉を食べる事に抵抗あった時期もあった。食べてたけど心のどこかで食べていいのだろうか、潜在意識は疑問符をつけていながらも食べていたように思う。
でも今回そーいう抵抗がなかった理由にイノシシを頂いた同時にエゴが解体される出来事を体験したのも影響していると思う。
ヴィーガンという思想もエゴが生み出した産物なのだろうか。それは分からない。
けれども、今後私の目の前に現れたお肉は食べていいと許可が降りた。目の前に出されたのなら食べる事が氣の流れを通すことだと思った。
そもそも食べない事が自然と調和してるのであれば、お肉が目の前に提供される事がない。あった場合は気付かずに食べてるはず。
そうした諸々の事象、この全てが宇宙の恵みなのだと理解でき、私はどう生きようが炭素レベルで地球の循環に貢献してると思えるようになった。もしかしたら、この悟りを体験するためにイノシシを食べたのかもしれない。
私の頂いたイノシシ、次は何に生まれ変わってるかな?人間?なんて想いを馳せつつまだ冷蔵庫あるイノシシを堪能させて頂きます。
イノシシくん多くの気付きをありがとう🐗💕